どのようにビジョンクエストへ
海とか、山とか、光とか。 by Miyako:ビジョンクエスト
その後の2日間は、あっという間に過ぎた。なんだか夢の中のようにいるようだった。苦しいとか、辛いとか、そういう思いは1つもしなかった。
第一、お腹が空かなかった。喉も渇かなかった。
そして、退屈ということもなかった。
なにしろ、いろんなことがあったのだ。
それは、山の中の風景でもあり、心の中の風景でもあった。
2日目の朝。約束どおり、太陽は東の空から昇ってきてくれた。
明け方になると、鳥がにぎやかにさえずるので、朝が来ることがわかる。
寝袋からぴょんと飛び起きた私は、大地から生まれた赤子のよう。
これからこうして毎日、大地から生まれるのだ。
毎日、毎朝、新しい自分が生まれる。
そして、空には新しい雲が次々と生まれ、形を変えて通り過ぎていく。
パイプを手にし、ただただ雲たちと話をしていた。
巻き毛の男の子の雲。
アメリカ人の男の子だった頃の私。5歳で水におぼれて死んでしまった。
もっと生きて、いろんなことをして遊びたかった。
だから、今、私をアメリカにつれてきたんだよ。僕が選んで来たんだよ。
ネイティブアメリカンの長老たちの雲。
以前、夢の中で、セドナで出会ったカギ鼻の酋長もいる。
うんうん、ちゃんとやっとるな。
たいしたもんじゃ。よくここまで来たな。
悪魔の顔の雲。
おれのことを悪魔だと思っているな。おれは悪魔じゃない。第一、この世に悪魔などいない。
みんなが悪魔だと思っているだけだ。ほら、こんな顔だってできるんだぞ。わはははは・・・。
これは一体、何のショーなのだろう。
どんなに退屈するかと思いきや、面白くて時間が経つのも忘れてしまった。
もっとも時間なんて気に留める必要など、これっぽっちもないのだが。
空腹も感じなかった。
不思議なことに、お腹はぐうとも言わなかった。
考えてみれば、生まれてこの方、胃腸はずっと働き詰めだった。
盛岡でわんこそばを競って食べたり、六本木で夜中の2時に焼肉を食べたり、友達とデコレーションケーキ1個を大人食いしたり。思えば、何度も暴飲暴食をした。
テイスティングという名のもとにワインを飲み過ぎたり、友達と2人で一升瓶を空けたり、バーボンを1人で1本自慢げに空けたり。2日酔いで大変なことになったこともあった。
そんなときも、お前はしっかり~(RCサクセション『雨上がりの夜空に』のメロディーで)。
「ありがとう、胃。ありがとう、腸」
声に出して言ってみて、自分で感動した。
本当に、胃や腸に声をかけたことなんて、今までなかったから。
ビジョンクエストとは、胃や腸にとって、またとないバケーションだったのだ。
「どうぞ、心ゆくまでお休みください。そして、また、美味しいものをいっぱい食べましょうや」
そう。これが終わったら帰りがけに、サポーターの友人カップルとラフリンのカジノで、カニ食べ放題のバフェに行くことになっている。
お腹が鳴るとか、空腹に悩まされることがなかったのも、胃や腸と和解できていたからだろう。
それに自らの意志で決めたことなら、身体も一緒にサポートしてくれる。
人に言われてやった断食では、きっと、ずっと「お腹空いた~」と半泣きだったはずだ。
意志の力ってすごい。
食べるという行為はここではありえない、と腹をくくった途端、本当に腹もくくってくれるのだ。
それから、喉も渇かなかった。
気温もそれほど高くなく、日差しが強くなかったせいもあるが、口の中がカラカラになるとか、ネチョネチョするとか、そういう不快感はまったくなかった。
そして、1滴の水も飲んでいないのに、おしっこは出る。毎日出る。
実際のところ、毎日4回出た。しかも、量も普段どおり。
やはり、人間の身体の70パーセントは水なのだ。それを実感した。
次第に雲が厚くなっていく。夕陽も見られず、日が暮れるとものすごい強風が吹いてきた。
タープの端を枕にしていたバッグに紐でしっかり止める。そうしないと、タープが風でバッサーっと吹き飛ばされてしまうからだ。
風は木々を震わせ、ものすごい音を立てる。
あまりの強さに枝や幹が折れてしまうのではないかと心配になる。
まるで大嵐の海原のようだ。だが、こんな夜は動物も出てこないだろう。
遠くで波音を聞きながら(今度はアリスの『遠くで汽笛を聞きながら』のメロディーで)、タープに包まり、ひと晩をしのいだ。
空腹は平気だと思いながらも、その夜はクジョルパン(韓国の宮廷料理)とイチゴのスポンジケーキの夢を見た。
(つづく)
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